居酒屋探偵DAITENの生活「あえて店名を伏せたまま」第6回 ある立ち呑店・店主の本音

Life of the izakaya detective DAITEN
居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」 第6回   【地域別】 【池上線】 【時間順】 【がっかり集】



 「あえて店名を伏せたまま」第6回

 ある立ち吞み店・店主の本音 


  ~ 進化について ~


 

  お店のお名前を伏せているので、今回もまた写真は仙台四郎
  
     にほんブログ村 酒ブログ 東京飲み歩きへ  blogram投票ボタン ←クリックお願いします。

 ↓電子書籍の作成と販売が出来るサイト
ブクログのパブー | 電子書籍作成・販売プラットフォーム ←新岳大典作小説無料公開中。「新岳大典」で検索してください。



 居酒屋巡りを続けていると様々なお店に出会う。私はすばらしいと思っても、御常連ではない一般の方が突然に行っても楽しめないかもしない。また、お店の方や御常連の皆さんはネットで紹介されることを望まないのではないかと、容易に想像できる時もある。しかし、そこで起きた出来事は面白く、紹介をしたいという気持ちを抑えられない。そんな心持ちで書くカテゴリー、「あえて店名を伏せたまま」の第6回である。

 

 そのお店は立ち飲み激戦区の街にあった。
 といっても新橋のような次々に店舗が現れては消えてゆく場所でもない。
 ある日、その立ち飲み店に行って久しぶりに入ってみることにした。
 ずいぶん前、開店してすぐに入った。それから何年がたったろうか、本当に久しぶりである。
 あまり商売に慣れていない感じのおとなしいマスターが一人でやっているお店だった。

 店内にはお客様はいない。そして、入店してすぐにその大きな変化に驚いた。
 椅子があるのだ。
 普通の場合は、こんな風に途中から立ち飲み店に椅子が置かれてしまった場合、私はもう入らない。
 しかし、今回はその変化の中身を知りたくて入ってみた。

 メニューを見る。

 「何を選んで良いか、いつも迷うんです」
 「迷ったら厚揚げです」とマスター。以前とは違いリアクションが早い。
 「厚揚げお願いします」

 ここの厚揚げは、買ってきた厚揚げを焼き直したものではない。ちゃんと揚げてくれる厚揚げである。

 サワーを飲みながら待つ。
 厚揚げがやってくる。独特の胡麻油の効いたタレ。
 「そのまま醤油とかかけないで、大丈夫です。」とマスター。
 ネギたっぷり。小鍋に入っている。、

 「バック・・・下に置いてもらっていいですか?」と、注意される。
 座っている椅子の足元のカゴに入れるルールになったようだ。

 やがて、御常連らしきお客様が数人入ってこられた。
 「あれ、椅子あるんだ」と一人の方がおっしゃっる。
 「一週間前からです」とマスター。
 立ち飲みから椅子に変わったのは一週間前なのである。
 そんな時期に自分は来たのか。
 来店された御常連のお客様たちの驚く様子が面白い。

 「なんだか落ち着かないなぁ」とお一人。
 「落ち着かないのは最初だけ」とマスター。面白い。

 六年の間にずいぶんとお話のできるマスターに変わっていた。
 すっかり、御常連が通うお店になっていた。

 さらに、独り客の方が入店されて、店内を見廻してからすぐに帰ってゆかれた。

 「帰っちゃったね・・・」
 「そうだね・・・」

 常連の方々がそんな風に話している。

 「どうして、立ち飲みから変えたんですか・・・」
 「開店時よりも5歳6歳、常連が歳をとってゆくんですよ。だから、座りたくなる年齢になる。だから、いつか座り飲みにしたかったんですよ・・・やりたくて立ち飲みをやった訳ではないんですよ。」
 「そうなんだ・・・」
 「お客さんとみんなでじっくり話しながら・・・一日の終わりを終えられる酒場を目指したかったんですよ」

 やがて、常連の方々が次々に入ってこられる。あっという間に満席になった。

 「もう違和感ないでしょ?」とマスターが最初の常連の方に話していた。
 
 笑顔である。饒舌である。マスターの進化である。それを称えたい。

 立ち吞みをやめてしまい、普通の居酒屋になるお店のなんと多いことか。
 
 「称賛」の気持ちと、ささやかな「傷心」を抱え、お勘定をして、静かに立ち去るのであった。

 (了)


 「ホッピーを原理主義的に飲む方法」はこちら

 演出家守輪咲良の劇集団「咲良舎」と演技私塾「櫻塾」

 街の手帖については、コトノハ/街の手帖編集部へ。

テーマ : 居酒屋
ジャンル : グルメ

居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」第5回どしゃぶりの向こうに立ち吞み放棄の立ち吞み店

Life of the izakaya detective DAITEN
居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」 第5回   【地域別】 【池上線】 【時間順】 【がっかり集】



 「あえて店名を伏せたまま」第5回

 どしゃぶりの向こうに立ち吞み放棄の立ち吞み店 


  ~ 進化も退化もしない元立呑み店 ~


 

  お店のお名前を伏せているので、今回もまた写真は仙台四郎
  
     にほんブログ村 酒ブログ 東京飲み歩きへ  blogram投票ボタン ←クリックお願いします。

 ↓電子書籍の作成と販売が出来るサイト
ブクログのパブー | 電子書籍作成・販売プラットフォーム ←新岳大典作小説無料公開中。「新岳大典」で検索してください。


 居酒屋巡りを続けていると様々なお店に出会う。私はすばらしいと思っても、御常連ではない一般の方が突然に行っても楽しめないかもしない。また、お店の方や御常連の皆さんはネットで紹介されることを望まないのではないかと、容易に想像できる時もある。しかし、そこで起きた出来事は面白く、紹介をしたいという気持ちを抑えられない。そんな心持ちで書くカテゴリー、「あえて店名を伏せたまま」の第5回である。


 その店は広い国道に面した場所にあった。JRの駅も近い。
 国道の反対側からもよく見えるように、大きく「立ち飲み」と書いてある。
 その日は大雨だった。どしゃぶりの中、傘をさして横断歩道を渡る。
 短い雨宿りには、立ち飲み店が助かる。
 店に背を向け、濡れないように気をつけながら傘をたたむ。
 ふり返った。
 右手の長いまっすぐのカウンターと左手の短いまっすぐのカウンターがあり、それを斜めのカウンターがつなぐ。
 手前から見ればY字形のカウンターである。
 カウンターの高さは立ち呑みにちょうど良い高さである。
 しかし、椅子がある。
 「立ち呑み」と大書してあっても椅子のある店、「元立ち呑店」である。

 カウンターの内側に三角地があって、その中にいるマスターは三角の先に行って、その辺りに座る客に、手を伸ばして生ビールを渡した。 入口の六席は向かい合える席。グループはここがよいかもしれない。
 右手の長いカウンターの真ん中あたりに座った。向う側に一人、先客がいた。

 席料お通し付(五〇円)という紙が貼ってある。五〇円という価格が面白い。
 ホッピーセット(三五〇円)がある。
 「白、黒、赤」と書いてある。赤はワンウェイ瓶の55ホッピーのことに違いない。赤の値段は四五〇円。

 支払いはキャッシュオンである。千円札を一枚だす。

 奥のキッチンの中から何かを炒める音がする。少しして赤い麺がのった皿が私の向こう側のカウンター席に座る方に届けられた。

 「はい、ナポリタンねぇ」

 その方は、新聞を読みながら黙ってナポリタンを食べ始める。振り返って壁のメニューを見ると、ナポリタンをはじめ、食事メニューがしっかりとある。
 お酒を飲むと同時に食事をされる方が多いに違いない。

 ポテトサラダ(二〇〇円)を頼んだ。

 入って右手に大きな冷蔵庫が置いてある。その上に大画面テレビ。私も含め、テレビを見ているので、新しく客が入ってくると、先客から見られることになる。マスターは奥の調理場から出てきて、私の座っているカウンター席の後ろを歩いて、大型冷蔵庫の中から食材を取り出し、再び調理場へと戻る。

 色々な食材が書かれたメニューがあって、その調理方法と味付けが横に書いてある。
 調理法は、てんぷら、焼き、炒め、味は、塩、しょうゆ、味噌、ピリ辛、こしょう。とある。
 好きなように作ってくれるのはとても良い。今日は十七種類ある。値段は一種は一五〇円、二種は二五〇円。二種一度に頼む方がお得ということか。
 私も魚肉ソーセージチンゲン菜二種を炒めてもらった。二五〇円だ。次回は、ヤングコーンのてんぷらを食べてみようか。
 目新しい食べ物があるわけではない、ただ、自分の好きな食材を好きな調理法で安く食べさせてくれる。
 常連にとっては助かるシステムだ。

 「チューハイお願いします。」
 「チューハイは何がいいですか?」
 「ええと・・・」
 「チューハイは、レモン、ライム、グレープフルーツ、カルピス、ウーロンハイ、お茶ハイ」
 「お茶ハイ」
 「はい、お茶ハイですね」

 お茶ハイ(二五〇円)に決まった。

 ワカメとカニカマの酢の物(一〇〇円)も頼む。

 お茶ハイを飲みながら店内を見る。適度に汚れ、味わいが出ている。
 元はバーか何かだったのかもしれない。洋風なつくりである。
 雨もふり、少し寒くなってきた。

 雲海お湯割り(三〇〇円)を呑む。

 目の前に置いた残金は二五〇円なのであと五〇円が必要だ。財布から五〇円を入れる。

 マスターは入口の冷蔵庫へ食材を何度も取りに行く。忙しい。

 やがて、犬のケージを持ったお客さんが入ってくる。
 ケージから犬が出され、椅子の上に犬を座らせる。
 犬が椅子に座っている。人間も椅子に座っている。
 ここは、立ち呑みを放棄した立ち呑み店である。
 普通、立ち呑み店では、座る店よりも早く時間が流れる。回転率が命だからだ。
 でも、お店の方が早い時間の流れを好む場合とそうではない場合がある。
 途中でお店の方が疲れてしまったのか。それほど回転率も上がらなかったのか。
 新しく来たお客さんが立ち呑み店でよく言う、「椅子を置いたら毎日来るのに」という言葉にのってしまったのか。
 ここは外に立ち呑みと書かれた「立ち呑み放棄の立ち呑み店」となった。
 座る店から立ち呑みになってもそれは進化でも退化でもない。
 ここのお店はずっとこうに違いない。通う方がいる限り。

 犬も座っている。私も座っている。だんだんと眠くなってくる。
 マスターも隣に座るお客さんもその犬になれているようだ。
 犬がいても何も反応しないお客さんもいる。
 すべてがゆるく流れてゆく。
 
 外は雨。
 遣らずの雨か。

 思いのほか長居をしてしまった。
 雨も弱くなってきた。
 外に出ることにする。
 国道を雨を蹴散らせて大型トラックが走りぬけた。

 (了)



 「ホッピーを原理主義的に飲む方法」はこちら

 演出家守輪咲良の劇集団「咲良舎」と演技私塾「櫻塾」

 街の手帖については、コトノハ/街の手帖編集部へ。

テーマ : 居酒屋
ジャンル : グルメ

居酒屋探偵DAITENの生活「あえて店名を伏せたまま」第4回『風鈴の鳴る角打酒店』

Life of the izakaya detective DAITEN
居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」 第4回   【地域別】 【池上線】 【時間順】 【がっかり集】


 ※2015年10月閉店

 「あえて店名を伏せたまま」第4回

 風鈴の鳴る角打酒店 


  ~ 90年という長き時に乾杯 ~


 

  お店のお名前を伏せているので、今回もまた写真は仙台四郎
  
     にほんブログ村 酒ブログ 東京飲み歩きへ  blogram投票ボタン ←クリックお願いします。

 ↓電子書籍の作成と販売が出来るサイト
ブクログのパブー | 電子書籍作成・販売プラットフォーム ←新岳大典作小説無料公開中。「新岳大典」で検索してください。



 居酒屋巡りを続けていると様々なお店に出会う。私はすばらしいと思っても、御常連ではない一般の方が突然に行っても楽しめないかもしない。また、お店の方や御常連の皆さんはネットで紹介されることを望まないのではないかと、容易に想像できる時もある。しかし、そこで起きた出来事は面白く、紹介をしたいという気持ちを抑えられない。そんな心持ちで書くカテゴリー、「あえて店名を伏せたまま」の第4回である。

 
 
 真夏の八月の話である。今年の夏は本当に暑かった。
 その角打ちにはエアコンが無い。かなりの暑さを覚悟であえて訪問した。
 ある私鉄沿線の駅から少し歩いた、野菜、魚、肉の生鮮三品を安く売ることで有名な商店街の裏手にひっそりとその酒屋さんはある。角打ちのできる酒屋として歴史が古い。

 入口は開け放ってある。左手にL字形のカウンターがあり、その中に業務用の巨大な冷蔵庫の扉がある。昭和三八年一二月一日付の「酒類小売価格表」が貼ってあるのが凄い。五十年以上前のものだ。
 入って右手は棚が並び、古い酒屋さんの風情。壁の高い場所に懐かしい酒造会社提供のポスターがたくさん貼ってある。無理やりに使った「レトロ」ではなく、当時からそのまま残されたものに違いない。
 そして、一九二三年、大正十二年の関東大震災の後に建てた建物らしい。九十年の時がたっているのかと驚く。

 入って左側の場所に、御常連の「先達」が立っておられる。私はカウンターの一番手前に立った。
 まず、自分の前のカウンターに千円分の小銭を並べる。五百円玉一つ。百円玉五つ。
 
 お店の中には女将さんとそのお母様らしき大女将のお二人。
 入って右手の冷蔵ケースから「のどごし生」を取り出してカウンターの上に置く。

 「これと・・・鮭中骨缶ください」
 「(のどごし生を見て)グラスいりますか?」と女将さん。
 「はい、お願いします」

 広告チラシを切った紙の白い側を上にして、鮭中骨(一七〇円)が目の前に置かれ。

 「しょうゆいりますか?」
 「あっ、このままで大丈夫です。薄味好きなんで・・・」

 のどごし生の缶を開けて飲む。猛暑の中である。まずいわけがない。冷たさがしみる。
 私が立った立ち飲みカウンター台は全体がブロックを組んだ上に置いてある。昔は低い台だったものがカウンターに変更されたのだろうか。

 のどごし生はすぐに飲んでしまい、好きなトマトジュース割りを作ることにした。

 「あの、トマト割りが飲みたいんですけど」
 「焼酎は二〇度と二五度がありますけど」
 「弱いほうで・・・」

 トマトジュースの缶(一一〇円)と焼酎二〇度半分(一二〇円)が出される。
 ちょうど半分の辺りに線が入ったグラスで計られた焼酎を小さなコップに移して出される。
 トマトジュース割りはうまい。汗で塩分が失われた身体には特に助かるのだ。

 宅急便の人が顔を出した。汗だくである。

 「どうも~」
 「あっ、今日は何にも無くってすみませんね、暑い中~」と女将さん。
 「いいえ~、またお願いします~」

 話題は熱中症の話になる。
 前回お邪魔したのは七月末だったろうか。その時よりもまだ楽である。

 常連の方が登場する。

 「こないの?」と御常連。
 「さっききたよ。」と女将さん。

 「今日はお祭りなんだ、神社の中にお店が出ているってさ。」
 「うちの方は二九日、三〇日の土日なんだ・・・それにしても暑いね。」と大女将。

 魚肉ソーセージ(一〇五円)と塩豆(五五円)を頼む。
 酒は櫻正宗サクラカップ(二三〇円)にする。

 汗が流れる。
 風鈴の音がチリンと一回。
 風は時々やってくる。

 「この時間はまだ人が出てるけど、おわっちやうとさ・・・」と女将さん。
 なにやら寂しさが伝わってくる。

 若い方が入ってきた。
 「本日三回目です」と笑う。
 飲みたいものをカウンターに乗せて、お金をカウンターに置く。
 「今日はシンさん来なかったですか?」
 「来ませんよ、仕事じゃないの?」
 「あれだけ飲んでさ、偉いよなあ。」
 「偉いよ。」
 「これは汗が出てくら・・・外出てこよう。」と言って、入口の風の通る辺りを探してしゃがみこむ青年。

 蒸し暑さがつまみである。

 昭和三八年の「酒類小売価格表」とは別に「酒類店頭計り売りについて」という昭和四〇年九月の文章も掲げてある。

 「針が入らないんだよ・・・」と年配の方がポツリ。
 仕立て屋さんだそうである。
 「そう・・・」と受ける女将さん。
 「歳をとると、きっと気持ちが分かるよ。」
 「そうなんだ・・・」
 「歳をとってみれば分かるよ。」
 重い言葉である。

 風鈴の音がする。少し風が出てきたのだ。
 
 「風鈴の音がうるさいって言われるからって、うちはしまっちゃったよ。」と年配の方。
 「人それぞれ・・・感じ方だから。」と女将さん。
 「寂しいですね。」と私。

 夕暮れが近づいてきて、みんな口数も少なくなってくる。

 「なんでも、若いうちはいいけど、歳をとってくるとやだよ。」

 女性の方が通りかかる。

 「前のおばあちゃん元気?」と、それを聞くためだけに寄ったようだ。

 また、静かになる。

 「きたきた、きたきた・・・」の女将さんの声。

 ふと見れば、小さなマルチーズ犬。クッキー君というらしい。

 クッキー君には「クーちゃんのチーズ」というものが与えられた。見れば、6Pチーズである。

 飼い主の方が連れ帰ろうとしても6Pチーズが好きなクッキー君は帰りたくない。

 「おじさんも6Pチーズ好きだよ」と心の中で思う。

 やがて、クッキー君も帰っていった。私も帰ることにしよう。

 夕暮れも近い、暑さも少しゆるみ、背後でまた風鈴が鳴った。

 (了)


 街の手帖については、コトノハ/街の手帖編集部へ。

 「ホッピーを原理主義的に飲む方法」はこちら

 実力派俳優になりたい方はこちらを是非ごらんください→ 守輪咲良のSAKURA ACTING PLACE

テーマ : 居酒屋
ジャンル : グルメ

居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」第3回『池上線某駅近く、メニューは無いけれどお安い常連酒場』

Life of the izakaya detective DAITEN  【地域別】  【時間順】  【がっかり集】
居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」第3回 『池上線某駅近く、メニューは無いけれどお安い常連酒場』



 居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」第3回
 『池上線某駅近く、メニューは無いけれどお安い常連酒場』

 
  お店のお名前を伏せているので、今回もまた写真は仙台四郎
  
    にほんブログ村 酒ブログ 東京飲み歩きへ  blogram投票ボタン ←クリックお願いします。

 ↓電子書籍の作成と販売が出来るサイト
ブクログのパブー | 電子書籍作成・販売プラットフォーム 居酒屋短編小説を発表中。このブログの右カラムに作品別のリンクあります→


 居酒屋を巡り、そのことをブログに書いていると、様々な方から「この街の店が気になるので行ってみてくれ」、「自分が行ってみて、感じたことがあるので、試しに行ってみて感想を書いてほしい」というお話がある。
 そして、実際に行ってみれば、とても良いお店の場合も多く、記事にして紹介をすることもある。しかし、御常連ではない一般の方が突然に行っても楽しめないかもしない。また、お店の方や御常連の皆さんはネットで紹介されることを望まないのではないかと想像できる時もある。しかし、そこで起きた出来事は面白く、紹介をしたいと思うのだ。
 少し前から、そんな場合を「居酒屋エッセイ」という曖昧な名前のカテゴリーで書き始めた。
 そんなお店で起きたことを「あえて店名を伏せたまま」というカテゴリーにまとめることにした。
 ゆえに、今回がいきなりこのカテゴリーでの第3回ということになったのだ。

     ※    ※    ※

 普段はあまり降りないけれど、好きな酒場があるという理由だけで降りてみる駅がある。その駅のことが頭に浮かんだ。
 しかし、その日は電車ではなく、路線バスに揺られてその駅まで歩いて行けるバス停を降りてみることにした。
 碁盤の目状の町並み、マンションや住宅、小さな工場や事務所が並ぶ、特徴のあまりない地域である。
 角を曲がってみた。遠くに東急池上線の踏切が見え、緑色の車体が通り過ぎて行った。
 あの踏切を渡って、左に行けば駅があると見当をつける。しかし、その踏切の手前右手にずっと以前から気になっているお店があったのである。

 外見は比較的地味である。小料理屋といった風情だろうか。外に価格を示すものは何もない。
 暖簾の隙間から店内が見える。左手にはカウンター。右手の小上がり座敷に座卓が三つ。
 
 引き戸を開けて中に入る。左手のカウンターの中に作務衣(さむえ)を着た大将のお姿。この道何十年のベテランの大将に違いない。カウンター席に御高齢の男女の方々がお二人並んでおられる。その向こう側のカウンターの一番端に男性の方が一人座られておられた。
 白衣なども着ていない方で、お酒を飲んでいる様子もない、しかし、お店の方ではないようだ。
 居酒屋さんで時々、お店の方か御常連なのか解らない方がいらっしゃる。大将や女将、マスターやママさんが一人で営業されているお店では、そういう内輪的な御常連によく会うのである。
 
 作務衣大将
 「何、飲まれますかあ」とおっしゃる。
 店内の壁などに貼られた飲み物のメニューを探してしまう。
 その様子を見て大将がおっしゃった。
 「メニュー?」
 「はい」
 「うち、メニュー無いの・・・生、サワー、ウイスキーかなあ・・・うちは安いから大丈夫ですよ」
 「それじゃ、生で・・・」

 生ビールがやってくる前に、ナスの煮浸しカクテキ等三品の突き出しが出てきた。
 持ってきてくださったのは前述のカウンターの一番端に座っておられる方であった。
 生ビールもやってくる。美味しく生ビールをいただいた。

 御夫婦らしい方々が前述の男性や大将と話をされている。
 私は、顔見知りの方々ばかりのお店に、新参者の自分がいるだけでも迷惑じゃないのかと考えてしまう。
 しかし、自分から不自然に話しかけることはしない、大将や御常連の方から口火をきってくださった時だけ、ちゃんと答えるのである。それから様子を見て、軽い質問をしてみるのである。
 中には、どなたも何も聞いてくださらないお店もある。
 実際に、そういうお店も世の中にはあって、そういう空気を感じた時は、早々に帰ることにしている。
 でも、こちらのお店は違う。無理をしない程度に気を遣ってくださる。

 「本当はお酒飲みたいんですけど・・・・サワーで」と私。
 「そんなこと言わないで、お酒飲みなさいよ」と笑顔の大将。
 「血糖値が怖いんで・・・サワーお願いします」
 「サワーはね、リンゴ、レモン、ウーロンかな・・・炭酸大丈夫?」
 「はい、大丈夫です・・・それじゃレモン、焼酎薄めでお願いします」

 レモンサワーを飲みながら考える。
 作務衣の大将の姿を見て思い出したことがあるのだ。
 母方の祖母は私を僧侶にしようとしたのである。小学校を出たらお寺に修行に行くことを母にすすめたのである。
 まるでタイの少年のようである。今、思えば、その方が良かったのかもしれない。
 実際、飲み屋さんでお話をする中、周囲の皆さんが僧侶であると勘違いされ、そのままお話をしてしまう時がある。
 最近は否定せず、そのままにしてしまう。大典寺という架空の寺の住職というキャラクターである。

 常連の方々と話が盛り上がっている。
 私は一人店内を眺める。お店の奥にはカラオケの装置がある。
 もう少し遅い時間になれば、皆さん歌われるに違いない。

 「塩辛食べられる?」と大将。
 「好きなんですけど、今、塩分気をつけているんで・・・」と私。
 「長なすと南蛮の煮浸しはどう?・・・南蛮はちょっと辛いけどね」
 「あっ、はい・・・」
 「いいよ、食べてみて」

 並びの御常連の方が「お酒強そうですね」などと声をかけてくださる。
 新参者に少しずつ近寄るように、気にかけてくれるのはうれしい。
 だんだんにやはりお酒が飲みたくなってしまった。

 「やっぱり、あの、おっしゃる通りお酒飲みます・・・あったかいのあります?」と私。
 「あっためればあるよ」と笑う大将。
 「そうですよね、最初から暖かいのは、無いですよね・・・あっ、常温でいいです、お酒」
 「はい、お酒ね」
 「それからタコ刺しもお願いします。」
 「はい、タコ刺しね」

 タコは丁寧にお仕事をされた姿で出てきた。
 お酒に合う。

 「マスターのお知り合い?」と御常連に聞かれる。
 「この辺の方ですかあ・・・」とも聞かれる。
 「いいえ、散歩の途中の飛び込みです。」と答えた。
 「これを機会に来てくださいね」と、御常連の女性の方。

 その駅の名前が昔は別の名前であったことを思い出して、皆さんに聞いてみた。
 ちゃんと御存知であった。やはり、長く地元に住まわれる方々である。

 来た時は外は明るかった。
 今、ちょっと外を見ると暗くなっている。
 遠くから踏み切りの音が少し聞こえた。
 お酒を暖める必要はなかった。
 十分に暖まったのである。
 お勘定をお願いして、奥の方へ行って待つ。
 「はい、二千円です・・・安いでしょ」と大将。
 酒類三杯につまみ四品である。安いと感じた。
 「また来てくださいね」と御常連。

 外に出る。
 一瞬、自分の向かう駅の方向が解らなくなった。
 どこか、地方の小さな街にいるような気持ちになる。
 初めての酒場に入る。
 その酒場に入る前の自分と、その酒場を出た時の自分が変化しているのは、酔いのためだけではない。
 その時の気分の変化は、私が酒場巡りをする理由の多くの部分を占めているのかもしれない。

 (了)


ホッピー原理主義者とは?
ホッピービバレッジが推奨する飲み方【3冷】を【原理】として、どこの酒場でもできるだけ原理通りの飲み方をしようと努力する酒飲みのこと。特に、大量の氷と多すぎる焼酎を入れたホッピーは、焼酎のオンザロックのホッピー味であって、本当の「ホッピー」ではないと考える。ホッピービバレッジの「飲み方いろいろ」を参照。

「ホッピーを原理主義的に飲む方法」はこちら

実力派俳優になりたい方はこちらを是非ごらんください→ 守輪咲良のSAKURA ACTING PLACE

テーマ : 居酒屋
ジャンル : グルメ

居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」第2回『池上線某駅近く 本当に名も無き激安居酒屋にて』

Life of the izakaya detective DAITEN  【地域別】  【時間順】  【がっかり集】
居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」第2回 『池上線某駅近く 本当に名も無き激安居酒屋にて』


 居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」第2回 
 『池上線某駅近く 本当に名も無き激安居酒屋にて』

 

  仙台四郎(写真はイメージです)
  
    にほんブログ村 酒ブログ 東京飲み歩きへ  blogram投票ボタン ←クリックお願いします。

 ↓電子書籍の作成と販売が出来るサイト
ブクログのパブー | 電子書籍作成・販売プラットフォーム 居酒屋短編小説を発表中。このブログの右カラムに作品別のリンクあります→

 台風は去っていた。
 しかし、空はまだ不安定だ。一昨日、九州に上陸した台風は日本列島の南岸を舐めるように通り過ぎ、房総半島の南端をかすめるように再び上陸、昼前には太平洋へと抜けていった。
 空を見ながら歩くのも久しぶりだった。西の空と東の空の色が違っている。
 夕暮れは近い。北側の住宅の日照を奪わないように手前から階段状に高くなってゆく真新しいマンションの外壁や窓に当たる西陽が眩しい。遠く南の空にまだ青い色が残っていた。
 しかし、振り返れば淡墨で描いたような空が不安を誘う。
 鞄の中を探り、折り畳み傘に触れ、その有無を確かめた時、小さな赤提灯を見つけた。

 この地区はくまなく歩いている。かつてスナックだったと聞いているが、ずっと長い間、お店としては営業していなかった。外観を観察する。右手にドアがあり、左手の方にいくつか小窓があるけれど、中から何か貼ってあるようで店内は見えない。ドアに透明の小さなガラスが入っているので辛うじて店内が少し見えた。人の姿は見えない。
 ここで、不思議なことに気づいた。看板がどこにも無いのである。店名を書いた小さなプレートのようなものもない。

 雨が降り始めた。雨に背中を押されドアを開いた。
 左手にカウンターがあり、その一番奥にカジュアルな服装の方が座っていた。
 立ち上がりながら「いらっしゃいませ」とおっしゃるので、お店の方であることが解った。
 カウンターは六席のみである。カウンターの中、左手にテレビがある。
 手書きのメニュー二枚一組が二組置いてある。飲物と食べ物の二枚に別れているのだ。
 飲物のメニューの中にホッピーセットを発見する。値段は三五〇円。
 最近は四五〇円の設定にしているお店が多いので、この三五〇円というセット価格は安い。
 しかし、驚くのはまだ先であった。

 「ホッピー氷なしでお願いします」と言う。
 「氷無しですか・・・」とマスターらしき方。
 「はい、お願いします」
 「黒とノーマル、どちらにしますか?」
 一瞬、何を言われたのか解らなかった。しばらく答える間が空いてしまう。
 「じゃ、そのノーマルでお願いします」

 「ノーマル」という呼び方を実際耳にすると、黒いホッピー「黒」と呼ぶのは解るけれど、白くないホッピー「白」と呼ぶ一般的な言い方の方が違うのかもしれないと思えてくる。面白い。
 考えてみれば、一九九二年の黒ホッピーの製造開始により、黒ホッピーと区別する為に、既存のホッピーを皆が便宜的に「白ホッピー」と呼ぶようになったのだから「ノーマル」と呼んでも悪くないのである。

 目の前に業務用ではない一般販売用のホッピー瓶が出され、生ビール用のジョッキが続く。
 不思議なことに、次に出されたのは黒い升であった。
 そして、その升の中にグラスが立てられた。
 そのグラスにまるで純米吟醸酒を提供する時のように焼酎が注がれ、升にあふれさせくれたのである。
 長い間、ホッピーを楽しんできたけれど、実際には出会ったことのないホッピーセットである。
 少し調べてみると、ホッピーセットレモンサワーセットをこのスタイルで出すお店が下町に存在しているらしい。
  
 「凄いですねえ」と思わず言ってしまう。マスターの反応はない。
 ホッピーを口にしながら食べ物のメニューを見る。
 魚から野菜までなかなか豊富な内容のメニューである。しかし、驚いたのはその一品単価である。
 真鯛刺身は二〇〇円、シメサバは一二〇円である。
 両方たのんでみた。
  
 真鯛刺身は小ぶりな器にツマと大葉の上に五切れ、シメサバは横長の器に八切れのっている。それぞれ、二〇〇円と一二〇円というのは驚異的価格である。そして、簡単に言えば、どちらもちゃんとしているのだ。

 牛スジ煮込み二〇〇円を頼む。牛スジと根菜類の煮込みである。
 食べながら、入る前に一番知りたいと思っていたことを思い出した。

 「こちらのお店にまったく気づかなかったんですけど、いつ頃開店されたんですか?」
 「昨日からです」
 「外に看板とか無かったんですけど・・・お店の名前は?」
 「別に何も無いです」
 「無い・・・そうですか・・・」

 ホッピーに入れる焼酎は半分だけ使っていた。
 緑茶割り(二八〇円)を飲んでみようと思う。でも、ホッピーセットの焼酎がもったいない。
 
 「あの、緑茶割りたのもうかと思うんですけど・・・ホッピーセットの焼酎が残っちゃってもったいないので、これ使って作ってくれませんか?」

 ホッピーの残り焼酎を使った緑茶割りを作ってもらった。
 後で計算するとこの緑茶割りを半値にしてくれたようだ。

 ツマミが安いと思うと、ついつい次々に頼んでしまう。しかも、メニューには私の好きなものばかりが並んでいるのだ。
 チキンカツ(二〇〇円)は我慢をした。しかし、納豆オムレツ(一八〇円)は頼んでしまった。

 バイスを飲みたくなった。バイスセット(三五〇円)のバイスのみは一四〇円とのこと。
 バイスをジョッキに入れてもらい、きゅうりたたき(一五〇円)も追加する。
 ホッピーに加え、下町系の飲物の一つ、バイスが飲めるのが素晴らしい。
 バイスは、コダマ飲料が販売する「コダマサワー」シリーズの中の一つで、フレーバーとして赤ジソが使われている。

 「何時から何時までやっているんですか?」
 「三時半からですね」
 「御休みは?」
 「今のところ無いです」
 「日曜日もやってるんですか?」
 「はい、一時から六時までだけですけど」 

 やはり、私の好物であるタコの唐揚げ(二八〇円)を頼み、ツマミが揚げ物なので生ビール(三五〇円)を飲みたくなる。

 「いま、生なんですかぁ・・・」とマスター。
 「ええ、最初じゃなくて、最後に生ビールって変ですよね・・・」と私。
 マスターは何も言わない。
 
 そして、冷えたフローズンジョッキで生ビールが出てきた。
 タコの唐揚げと合うのだ。

 これだけ、飲んで食べてお勘定を聞いてみれば、二一三〇円であった。

 「小銭をピッタリ払いたい人なんで・・・すみません」といって、小銭を探して払い、外に出た。
 雨はすでにやんでいた。

 よく、名も無き人々とか、名も無き・・・という言葉を比喩として使うことはある。
 しかし、こちらのお店は、本当に店名は「別に何も無い」のであった。

 店名が無くても、充実した内容で激安ならば、やがて人が集まるに違いない。
 席も六席しかない。再訪した時、満席で入れないかもしれない。
 
 


ホッピー原理主義者とは?
ホッピービバレッジが推奨する飲み方【3冷】を【原理】として、どこの酒場でもできるだけ原理通りの飲み方をしようと努力する酒飲みのこと。特に、大量の氷と多すぎる焼酎を入れたホッピーは、焼酎のオンザロックのホッピー味であって、本当の「ホッピー」ではないと考える。ホッピービバレッジの「飲み方いろいろ」を参照。

「ホッピーを原理主義的に飲む方法」はこちら

実力派俳優になりたい方はこちらを是非ごらんください→ 守輪咲良のSAKURA ACTING PLACE

テーマ : 居酒屋
ジャンル : グルメ

居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」第1回 『長寿人生 ~味わい深き酒場にて~』

Life of the izakaya detective DAITEN    【地域別】  【時間順】  【がっかり集】
居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」第1回 『長寿人生 ~味わい深き酒場にて~』




居酒屋探偵DAITENの生活 「あえて店名を伏せたまま」第1回
『長寿人生 ~味わい深き酒場にて~』

 


    にほんブログ村 酒ブログ 東京飲み歩きへ  blogram投票ボタン ←クリックお願いします。

 ↓電子書籍の作成と販売が出来るサイト
ブクログのパブー | 電子書籍作成・販売プラットフォーム 居酒屋短編小説を発表中。このブログの右カラムに作品別のリンクあります→


 親友と二人、それぞれ仕事が終わった後、軽く飲む約束をした。
 横浜市内のJRと私鉄が隣接する乗り換え駅の近くである。
 店は決まっていなかった。
 美味しい料理をだす店を探しているわけではない、ことさら安い店をみつけようというのでもない。
 静かに二人で話すのにちょうど良い、古い造りの店がいい。
 あまりに汚いのは苦手だけれど、それなりに小綺麗にしていてくれれば充分だ。
 
 夕暮れ時である。でも、陽はまだ高い。
 比較的広い裏通りを歩いていると、角地に硝子戸を開け放った古い居酒屋をみつけた。
 
 風に揺れる暖簾をくぐって入ると、右手に6人ほどが座れるカウンターがあり、左手の小上がり座敷には四人が座れる卓が二つ。小さめの座布団が置かれ、様々な生活雑貨が並んでいる。巨大な業務用マヨネーズのボトルがカウンターに置かれ、あらゆる調味料が並べられていた。
 カウンターの中では、白髪は目立つけれど本来のお歳よりも若さを感じさせる女将さんが笑顔で迎えてくれた。
 カウンターの高い方の段には、料理の載った鉢や大皿が所狭しと並んでいる。鯛のかぶと煮。根菜の煮物。豆アジを揚げたもの。どれも美味しそうだ。
 
 忙しく過ごしている友人の日々のことは前々から聞いていた。
 少し前、その友人の身体に不安な兆候があった。
 その為、彼はしばらく酒を飲まないでいたのである。
 友人がビールの中瓶を手にとり、私のグラスにまずビールを注いでから自分のグラスにも躊躇いがちに注いだ。
 つまみは200円から500円までと表記されているだけで、個別の値段ははっきりしない。
 友人は食べ物を選択することに時間をかけない人であった。それとは逆に私はかなり逡巡してしまうほうである。
 そんな友人が少し考えてからスパゲティサラダ豆アジあげを注文した。
 昼は玄米のおにぎりだけを食べ、油分を含む食べ物を口にしないようにしていたそうである。だから、マヨネーズを使ったサラダや、揚げ物は久しぶりであるという。

 「ビールうまいなあ・・・」と友人。
 「うまいねえ・・・でもプリン体が恐くてねえ・・・」と私。

 身体の不具合の話もまた、居酒屋での親父同士の会話の定番である。
 すると、何かがのせられた皿が2枚、我々の前に突き出された。手を出して受け取る。

 「いただきものなんで・・・どうぞ」と女将さん。

 気づかいの言葉である。出してくれたのは、ソラマメイワシの煮付だ。

 外から涼しい風が入ってくるようになった。すると、風に誘われてきたかのように、常連らしき皆さんが静かに入ってきて、我々の並びに一人また一人とすべり込む。

 酒を常温で頼むことにした。

 「あの、お酒を2本常温でお願いします」と友人。
 「うちはこれなんですよ・・・」と言って、女将さんが見せてくれたのは、魚へんの漢字がたくさん書かれた、いわゆる鮨屋の湯飲みである。

 鮨屋の湯飲みでそうすることはあまりないけれど、互いの湯飲みの飲み口をすこし当て乾杯をしてから飲んだ。からだに酒が染みてゆく。

 「このお店はもう何年たつんですか?」と友人が女将さんに聞く。彼は誰にでも気さくに話しかける。
 「この場所では十二年ですね」と女将さん。

 鮨屋の湯飲みの魚へんの文字を眺めながら、心の中で、「前は鮨屋をやっていたのだろうか」と思う。
  
 次にいかの刺身油揚げ焼きを頼んだ。
 そして、お酒のお代わりも二人分頼んだ。女将さんに返した湯飲みにふたたび酒が注がれる。
 それから、マヨネーズ味のスパゲティサラダを友人がお代わりした。

 「マヨネーズが好きなんだなあ・・・」と思う。

 最初の常連の方が帰られ、違う常連の方が入ってくる。
 そのお客さんの忘れたタバコを女将さんがとってあげていたようだ。笑い声があがり、会話が弾む。

 女将さんが鯛の兜の中に入っていた、「鯛の鯛」を見せてくれた。
  「鯛の鯛」とは硬骨魚の肩帯の骨の一部、肩甲骨と烏口骨が繋がった状態のものである。
 この「鯛の鯛」には、自分でマニュキュアを塗るそうだ。
 それは、とても美しく光っていた。

 トイレに立った。湯飲みから酒を一口飲む友人の後ろ姿が目に入る。

 和式便器の便所の壁に手拭いが貼ってあった。
 「長寿人生」と書かれている。「長寿の心得」と書かれたものも何度か見たことがある。
 

長寿人生
 人生は山坂多い旅の道

 還暦  六十才でお迎えの来た時は 只今留守と云へ
 古希  七十才でお迎えの来た時は まだまだ早いと云へ
 喜寿  七十七才でお迎えの来た時は せくな老楽これからよと云へ
 傘寿  八十才でお迎えの来た時は なんのまだまだ役に立つと云へ
 米寿  八十八才でお迎えの来た時は もう少しお米を食べてからと云へ
 卒寿  九十才でお迎えの来た時は そう急がずともよいと云へ
 白寿  九十九才でお迎えの来た時は 頃を見てこちらからボツボツ行くと云へ

  気はながく 心はまるく 腹たてず
  口をつつしめば 命ながらえる



 還暦まではまだ時がある。還暦前にお迎えがきてもちゃんと断ることができるだろうか。
 「長寿人生」を読みながら厠で人生について考える。これも酒場の楽しみである。
 席にもどった。友人は女将さんと話していた。

 「独りになってからは・・・こんな感じでやってるんですよ」と女将さん。

 そうおっしゃる女将さんの背後の棚に、女将さんよりすこし若い男性の「遺影」らしき写真が飾ってあった。

 お勘定は二人で3720円。思いの外安い。
 「ありがとうございました」の声におくられ外に出る。
 
 すっかり外は暗くなっていた。
 友人は元気をだしてくれたようだ。
 二人とも少しの酒で気持ちよくなっている。
 友人の甲高い笑い声が耳に残った。

 (了)

ホッピー原理主義者とは?
ホッピービバレッジが推奨する飲み方【3冷】を【原理】として、どこの酒場でもできるだけ原理通りの飲み方をしようと努力する酒飲みのこと。特に、大量の氷と多すぎる焼酎を入れたホッピーは、焼酎のオンザロックのホッピー味であって、本当の「ホッピー」ではないと考える。ホッピービバレッジの「飲み方いろいろ」を参照。

「ホッピーを原理主義的に飲む方法」はこちら

実力派俳優になりたい方はこちらを是非ごらんください→ 守輪咲良のSAKURA ACTING PLACE

テーマ : 居酒屋
ジャンル : グルメ

FC2カウンター
プロフィール

新岳大典

Author:新岳大典
新岳大典(ARATAKE DAITEN)
作家・コーディネーター。

居酒屋探偵daiten(izakaya detective DAITEN)として活動。劇集団咲良舎制作。多目的スペース「かたびら・スペース・しばた。」クリエイティブ・ディレクター。
演出家守輪咲良のブログ「さくらの便り」ブログ「人間日和」を運用中。
2011.7よりfacebook参加。2011.8より「ブクログのパブー」にて居酒屋短編小説を中心に発表開始。
 2014年9月6日より独自ドメイン取得によりURLがhttp://daitenkan.jp/に変更。

 なお、ブログのプロフィール写真は仙台四郎(せんだいしろう)の人形を撮影したもので新岳本人ではない。
 その時代、仙台四郎が訪れる店は繁盛するとして各地でもてなされたそうである。没後は商売繁盛の「福の神」としてその写真が店に飾られるようになったとのこと。

地名タグ
↓【地名をクリックするとその地域の記事だけが表示されます】

元住吉 平沼橋 天王町 蒲田 吉田町 保土ヶ谷 黄金町 所沢 自由が丘 野毛 横浜 桜木町 雪谷大塚 藤沢 武蔵新田 二俣川 戸部 西横浜 東神奈川 中目黒 下北沢 池上 日吉 多摩川 田園調布 千鳥町 洗足池 新丸子 新橋 蓮沼 石川台 長原 緑が丘 大岡山 矢口渡 下丸子 大崎広小路 五反田 沼部 祐天寺 鵜の木 大井町 奥沢 渋谷 高円寺 武蔵小杉 尻手 川崎 鹿島田 向ヶ丘遊園 御徒町 東京 浜松町 学芸大学 御嶽山 雑色 中延 荏原中延 荏原町 二子新地 登戸 関内 鶴見 椎名町 池袋 戸越銀座 吉祥寺 戸越公園 目黒駅 平間 久が原 高田馬場 下高井戸 三鷹 大崎 秋津 新宿 大森 旗の台 恵比寿 都立大学 石川町 日ノ出町 綱島 武蔵小山 神田 秋葉原 上野 三軒茶屋 新馬場 不動前 立会川 鮫洲 三田 東銀座 西馬込 西小山 浅草橋 両国 笹塚 西大井 馬込 武蔵新城 新川崎 神泉 北品川 新小岩 武蔵溝ノ口 小島新田 神楽坂 水道橋 日暮里 西日暮里 野方 赤羽 大倉山 飯田橋 小石川 代々木 王子 十条 世田谷 山下 豪徳寺 深川 

新岳大典作小説リンク
ブクログのパブー発表中の「居酒屋短編小説シリーズ」
カテゴリー
ブログ内検索
居酒屋探偵団関連リンク
おすすめサイト ◎新岳大典が管理しているブログ、サイト、facebook
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
RSSフィード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる