大森 煮込「蔦八」
Life of the izakaya detective DAITEN
居酒屋探偵DAITENの生活 第583回 2015年02月12日(木) 【地域別】 【池上線】 【時間順】 【がっかり集】
※2015年3月閉店。
大森 煮込「蔦八」
~ 「昭和」を切りとってきたかのような ~

二十年ほど前、本当によく通った街だった。大森である。
大田区全体が京浜東北線を挟んで、田園調布や雪谷、洗足池周辺のような静かな住宅街と、町工場があり庶民的な商店街がある蒲田や京浜急行沿線とで、かなり趣が違うように、大森駅周辺はJR京浜東北線の線路を挟んだ山側と海側でまったく雰囲気が違う。大森は、まさに大田区の持つ二つの面を体言した街といえるのだ。
海側の商店街の中には、たくさんの大衆酒場があり、先輩たちとよく通った街なのである。その大衆酒場もかなり減ってしまった。その中でもっとも古く、「昭和」の雰囲気を残しているお店が煮込の店、「蔦八」さんである。正面に二つの入口があり、縄のれんが下がっている。店の上のテントの色は最初は何色だったのだろうか。年季が入っている。

煮込「蔦八」外観。
表に赤提灯。そこには、「天下一うまい煮込つたはち」と書かれている。

「天下一うまい煮込つたはち」と書かれた赤提灯
右手の入口から入る。そこには「昭和」という時代から切りとってきたかのような光景が広がっていた。
四角い店内の真ん中に白木のコの字カウンター。左手側に五人、前側に六人、右手側に五人が座れる。カウンターの中は広い。その奥に調理場がある様子で、奥から調理の音がする。調理場からお店の方が出てこられるのを待つことにする。先客は前側に男性一人と右手側の奥にカップル一組。左手に、四人掛の小さなテーブルが二つ見える。
女将さんが調理場から出てこられた。私の母くらいだろうか。お一人でやっている様子。カウンターからのぞくと、巨大な鍋に煮込みが煮えている。この鍋を見るだけでも価値がある。
白木のカウンターは、長い間にお客様の手がさすり、角が取れていったのだろう。その、ツルツルの手触りと味わいが素敵である。
短冊メニューを見る。
煮込み(六五〇円)、煮込み玉子入り(七〇〇円)、煮込みとうふ(三八〇円)、煮込みとうふ玉子入(四二〇円)と並んでいる。
特に何も考えないまま口が開いた。
「レモンサワーと煮込みとうふ玉子入り、お願いします・・・」
「お肉入りませんけど・・・」
「あっ、そうだ・・・そうですよね、それじゃ、煮込みとうふ玉子入りじゃなくて、煮込み玉子入りお願いします」
女将さんが大鍋から鉢に入れてくれたのは、もつ肉、豆腐、煮卵からなる煮込み玉子入り(七〇〇円)である。
レモンサワー(三九〇円)は濃いめの焼酎の小ジョッキである。
レモンサワーを飲みながら店内を見回すと、「しばらくの間、10時に閉店させていただきます。」という貼り紙が目に入った。
濃いめの味付けの煮込みである。レモンサワーはすぐに飲んでしまった。次は清酒(三九〇円)にしよう。
「お酒・・・お願いします」
「おかんで?」
「はい、オカンで。」
利き猪口が普通の升よりも高さの低い木枠のような升に入れられている。
「おかん酒」と書かれた酒に燗をつけてくれる機械からそそがれた。
3台ある中で左の一台だけが稼働しているようだ。
女将さんが並びの先客の方と話しておられた。
「一二月から二か月ほど休んでいたんですよ・・・」とのこと。早めにしめる理由はそのへんにあるのだろうか。
並びの方は待ち合わせの相手の方の携帯電話を受けてから御勘定を済ませられた。
「また、来ます」
「また、寄ってください。」
「四〇年とは言わないけれど、三八年お世話になっているんですよ・・・」とのこと。
微笑む女将さん。店内はまた静かになった。
こはだ酢(四八〇円)を頼むことにした。
伝票の代わりが木の板に細い串のような棒が立っていて、そこにプラスチックの穴の開いた札を刺してゆく。
実は私はこはだ好きである。江戸っ子三代目の母方の祖父の好物もこはだだった。
こちらは煮込みばかりではない。
こはだ酢(四八〇円)、あじ南蛮漬(四八〇円)、こんぶ炒り煮(三八〇円)、うど酢みそ(三八〇円)、ほうれん草胡麻和え(三八〇円)、ほうれん草おひたし(三八〇円)、ネギぬた(四二〇円)といった料理がある。
どれも、最近あまり出会えない粋なつまみ、渋い昭和のつまみだ。
こはだ酢が旨そうである。清酒燗酒をもう一杯たのんだ。
こはだを一切れ、箸で口に運び、利き猪口の酒を口にふくむ。
繰り返すそのうごきを感じながら、ゆるんでゆく時を味わった。
御勘定をお願いする。きっちりと明朗会計の二三五〇円であった。
「ごちそうさまでした・・・」
「また、寄ってください・・・」

大森 煮込「蔦八」
住所 東京都大田区大森北1-35-8
電話 03-3761-4310
営業時間 17:00~22:00
定休日 土曜・日曜
交通 JR京浜東北線大森駅下車徒歩5分
「ホッピーを原理主義的に飲む方法」はこちら。
居酒屋探偵DAITENの生活 第583回 2015年02月12日(木) 【地域別】 【池上線】 【時間順】 【がっかり集】
※2015年3月閉店。
大森 煮込「蔦八」
~ 「昭和」を切りとってきたかのような ~

二十年ほど前、本当によく通った街だった。大森である。
大田区全体が京浜東北線を挟んで、田園調布や雪谷、洗足池周辺のような静かな住宅街と、町工場があり庶民的な商店街がある蒲田や京浜急行沿線とで、かなり趣が違うように、大森駅周辺はJR京浜東北線の線路を挟んだ山側と海側でまったく雰囲気が違う。大森は、まさに大田区の持つ二つの面を体言した街といえるのだ。
海側の商店街の中には、たくさんの大衆酒場があり、先輩たちとよく通った街なのである。その大衆酒場もかなり減ってしまった。その中でもっとも古く、「昭和」の雰囲気を残しているお店が煮込の店、「蔦八」さんである。正面に二つの入口があり、縄のれんが下がっている。店の上のテントの色は最初は何色だったのだろうか。年季が入っている。

煮込「蔦八」外観。
表に赤提灯。そこには、「天下一うまい煮込つたはち」と書かれている。

「天下一うまい煮込つたはち」と書かれた赤提灯
右手の入口から入る。そこには「昭和」という時代から切りとってきたかのような光景が広がっていた。
四角い店内の真ん中に白木のコの字カウンター。左手側に五人、前側に六人、右手側に五人が座れる。カウンターの中は広い。その奥に調理場がある様子で、奥から調理の音がする。調理場からお店の方が出てこられるのを待つことにする。先客は前側に男性一人と右手側の奥にカップル一組。左手に、四人掛の小さなテーブルが二つ見える。
女将さんが調理場から出てこられた。私の母くらいだろうか。お一人でやっている様子。カウンターからのぞくと、巨大な鍋に煮込みが煮えている。この鍋を見るだけでも価値がある。
白木のカウンターは、長い間にお客様の手がさすり、角が取れていったのだろう。その、ツルツルの手触りと味わいが素敵である。
短冊メニューを見る。
煮込み(六五〇円)、煮込み玉子入り(七〇〇円)、煮込みとうふ(三八〇円)、煮込みとうふ玉子入(四二〇円)と並んでいる。
特に何も考えないまま口が開いた。
「レモンサワーと煮込みとうふ玉子入り、お願いします・・・」
「お肉入りませんけど・・・」
「あっ、そうだ・・・そうですよね、それじゃ、煮込みとうふ玉子入りじゃなくて、煮込み玉子入りお願いします」
女将さんが大鍋から鉢に入れてくれたのは、もつ肉、豆腐、煮卵からなる煮込み玉子入り(七〇〇円)である。
レモンサワー(三九〇円)は濃いめの焼酎の小ジョッキである。
レモンサワーを飲みながら店内を見回すと、「しばらくの間、10時に閉店させていただきます。」という貼り紙が目に入った。
濃いめの味付けの煮込みである。レモンサワーはすぐに飲んでしまった。次は清酒(三九〇円)にしよう。
「お酒・・・お願いします」
「おかんで?」
「はい、オカンで。」
利き猪口が普通の升よりも高さの低い木枠のような升に入れられている。
「おかん酒」と書かれた酒に燗をつけてくれる機械からそそがれた。
3台ある中で左の一台だけが稼働しているようだ。
女将さんが並びの先客の方と話しておられた。
「一二月から二か月ほど休んでいたんですよ・・・」とのこと。早めにしめる理由はそのへんにあるのだろうか。
並びの方は待ち合わせの相手の方の携帯電話を受けてから御勘定を済ませられた。
「また、来ます」
「また、寄ってください。」
「四〇年とは言わないけれど、三八年お世話になっているんですよ・・・」とのこと。
微笑む女将さん。店内はまた静かになった。
こはだ酢(四八〇円)を頼むことにした。
伝票の代わりが木の板に細い串のような棒が立っていて、そこにプラスチックの穴の開いた札を刺してゆく。
実は私はこはだ好きである。江戸っ子三代目の母方の祖父の好物もこはだだった。
こちらは煮込みばかりではない。
こはだ酢(四八〇円)、あじ南蛮漬(四八〇円)、こんぶ炒り煮(三八〇円)、うど酢みそ(三八〇円)、ほうれん草胡麻和え(三八〇円)、ほうれん草おひたし(三八〇円)、ネギぬた(四二〇円)といった料理がある。
どれも、最近あまり出会えない粋なつまみ、渋い昭和のつまみだ。
こはだ酢が旨そうである。清酒燗酒をもう一杯たのんだ。
こはだを一切れ、箸で口に運び、利き猪口の酒を口にふくむ。
繰り返すそのうごきを感じながら、ゆるんでゆく時を味わった。
御勘定をお願いする。きっちりと明朗会計の二三五〇円であった。
「ごちそうさまでした・・・」
「また、寄ってください・・・」

大森 煮込「蔦八」
住所 東京都大田区大森北1-35-8
電話 03-3761-4310
営業時間 17:00~22:00
定休日 土曜・日曜
交通 JR京浜東北線大森駅下車徒歩5分
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Re: No title